放生記

雑草と共生する自然農をやっています。大好きな焚き火をしながらあれこれ 浮かんでくる事柄をエッセイにまとめました。 どんなものが生えてくるやら自分にも分かりません。時には水彩画のスケッチを添えます。

2017年01月

正月の描き初め

web2017七里ヶ浜

所属するスケッチの会の恒例行事で毎年正月に絵の描き初めをします。リーダーのS神父の意向で、江の島近辺に出かけますが、これが寒い。鎌倉近辺では、この時期西高東低の気圧配置が安定していて晴天が多いのですが、風があるとたいへんです。浜辺でのスケッチなので寒さが倍増します。
今年は、稲村ヶ崎に集合して富士山と江の島そして七里ヶ浜の様子を描きました。 

ホカロンとあったか下着で身をかため、風よけのグランドコートなどを着用しますが、手指の冷えはどうにもなりません。難行苦行です。リーダーの趣味が変わってくれるのを願うばかりです。

そうはいっても、冬景色を描くのは嫌いではありません。お気に入りの絵には結構雪景色のものがあります。鹿教湯温泉の薬師堂、旧碓氷峠、大和長谷寺はいずれも雪舞うさまを描いています。スキーをやっていた頃は、スキー場のリフトの終点から滑る前に雪景色をよく描いたものです。

スキー場の上部からは大抵絶景が広がっています。これは描くしかないと思います。
ただ、ゴンドラはともかく、リフトはスキーを付けないと載せてくれません。スキーヤーしか眺められない絶景というわけです。もったいない話です。

ゴンドラでも料金が問題です。滑るのに払うのは仕方ないとして、ただ景色を見るために払うには抵抗がある料金です。せめて復路はタダにするとか工夫をすれば、乗客は倍増すると思います。折角の観光資源を放置しているのは芸のないことです。

スキーヤ―の減少で苦労しているスキー場も多いので、平日だけでもこんなサービスをすれば確実に集客力アップします。そうなれば、スキーを止めた私でも絵を描きにスキー場に出かける気にもなります。近くに温泉でもあれば喜んで2,3日滞在しますよ。

話がだいぶ逸れました。描き初めに戻りますと、スケッチの後は例年、新年会があとに続きます。今年は、仲間数人と我が家で行いました。大酒呑みの一人は、家に入ったとたんにサケ、サケ、サケと催促し、連れ合いを慌てさせました。余程寒さが堪えたらしく、何杯かやってやっと人心地がついたらしく。その後パクパクと食べ始めました。

リーダーなどは、これがあるから止められないといった気配でした。この分では、正月早々の描き初めはしばらく続きそうです。

何はともあれ、昼間から好きなお絵かきをやって、その上残り物とはいってもお正月料理で旨い酒を呑めるのですから初春ならでの宴です。
まことに、めでたし、めでたしの描き初めでありました。


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私の年末年始

門飾りC
       (門松代わりの花立)
 年末年始の風景で一番変化が大きいのは年末のように思えます。
師走の趣はどんどん失われています。クリスマスが盛大になってきた影響かもしれませんが、最大の理由は、冷蔵、冷凍技術の発達のような気もします。
売る方は、残れば冷凍、買う方は急がなくとも元日から営業の店がいっぱいあるので切迫感がまるでありません。その結果、大晦日に向けての盛り上がりが見られなくなりました。以前は、早めに家事を済ませて大晦日の売り場を巡るのが楽しみでした。半額セールはおろか、どれでも百円などと破格の値付けもあり買い物も弾んだものでした。

正月飾りは、門松代わりに竹製の花入れを一対拵えます。知人の竹林から青竹を一本切り出して作ります。これに庭のロウ梅一枝と松を入れれば松竹梅というわけです。

我が家では、一応カトリック信者なので元日は真夜中に始まる深夜ミサに出かけます。
ミサが終わって、さてどうするか。帰り道の古刹ではまだ除夜の鐘が聞こえます。参道には甘酒なども供しています。この雑踏のなかに身をおくとなぜか懐かしい気分に浸れます。そこは、日本人のDNAのなせるわざでしょうか。

夜半に帰宅して一寝入りする間もなく早暁には起きて、今度は私が勝手に名付けた日の出コースという散歩道に初日の出を見に出かけます。
三浦半島の低い山並みの向うから日が射し上ると、見物人一同拍手をして迎えます。集まった群れの中に黄色い衣をつけた日蓮宗の僧がおり、さいぜんからテンツクテンツクと太鼓を鳴らしています。いざ日の出となるとその響きは一層激しくなり、まるで太鼓に催促されるように日が昇るのが興を添えてます。そして振り返ると霊峰富士が朱に染まっています。そういう年は、何かいいことがありそうないい気分になります。

勿論この一連のドラマは、毎年いつも順調にいくとは限りません。でも、だからと言って不幸な年になるとも限りません。逆の場合もあります。そんな事を繰り返すうちに、こちらの体力の衰えもあって、初日の出見物から遠のきました。

初日の出から帰宅すると若水汲みの仕事がまっています。今は水道栓をひねれば済みますが、子供の頃はたいへんでした。なぜか長男の仕事とされていて、井戸から風呂桶に汲み入れるのは重労働でした。

初風呂に入ってから、今度は正月膳の準備をします。父方の風習では、正月の三が日は男が食事の準備をします。一年中家事に追われる女性を、せめて三日間だけでも解放させようというわけです。悪い習慣ではないので我が家でも踏襲しています。
といっても、連れ合いが一切合切準備したおせち料理を重箱に詰めて、それを並べるだけのことです。

雑煮を拵えるのも男の役目です。がしかし、これも餅を焼いて汁をはった椀に入れるだけです。つまり、殆ど形骸化しているのでご先祖さまには申し訳ないことになっています。

二日の日にご近所への挨拶回りを終えて正月の恒例行事が一段落します。数年前から年賀状は止めたのでこれに拘わる作業はないので気分的にもずい分楽になりました。

この後は、自分のやりたい事をし放題の正月が始まります。朝湯に浸かり、昼酒をやってパイプをふかし、眠くなったらごろりと横になる。天気がよければ、鎌倉の雑踏の中を散策し、一年に一ぺんしか飲めない高いコーヒーに散財して、ちょっとリッチな気分を味わいます。(書いていて我ながら貧乏性だなと感じます)

こんな贅沢が許されるのも松の内だけです。本来、松の内とは小正月(15日)までとされていますが、関東では一般的に7日までです。
それを過ぎると和服から洋服に着替えます。そして、来年も楽しいお正月を迎えられるかどうか心配しながらのチマチマとした日常生活に戻ります。まあ、ありていに言えば、正月や冥土の旅の一里塚、の心境といったところです。

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プロフィール

たちばな屋善作