放生記

雑草と共生する自然農をやっています。大好きな焚き火をしながらあれこれ 浮かんでくる事柄をエッセイにまとめました。 どんなものが生えてくるやら自分にも分かりません。時には水彩画のスケッチを添えます。

お月見と健康診断

1710二子山
     ( 峯山から夕刻の景色 )
今年の15夜は空振りでした。
昼間は曇りがちながら日も出ていたので、午後に峯山に入り、山頂付近の整備を行いながら月の出る時刻を待ちました。

東の方向、三浦半島の向うに見える房総方面には低い雲がかかり西日に光っていました。
これならばまずまずの月見が出来ると期待がふくらみ、作業にも気合が入ります。

ところが、このあとがいけない。いくら待っても月が上がる気配がありません。どうやら日没後に急に雲の厚みが増して月光を遮っているようです。18時を過ぎても何の変化もありません。次第に闇が深くなり、見える光は飛行機のそればかりです。

それにしても数が多い。月の出る方向だけでも常に数機が飛んでいます。一分置き位には離発着していそうです。管制官の苦労が思いやられます。

いや、いや、そんなことより月の具合でした。予定時刻から1時間過ぎても月が上がらないので諦めて山を下りることにしました。木立の中の山道は、それこそ鼻をつままれても分からない真っ暗闇です。お月見に行くのにランプは要らないと思いつつも用意した、小さな明かりがたいそう頼りになりました。

それにしても頼りないのは天気予報です。
帰宅して改めて鎌倉市の天気予報をながめました。ネット情報では、朝からず~とお日様マークが並んでいます。過去データまでお日様マークなので呆れます。

コンピュータ解析による予報なのでこうなるのでしょうが、せめて過去データくらい人間の目で確かめた結果を表示して欲しいものです。いまや観測の基本であった観天望気は完全に死語のようです。

これは、医療の現状とよく似た現象です。私も二年ほど前に黄斑変性前膜の除去という眼の手術を受け、その後定期検査を受けているのですが、その結果はいつも経過良好、異常なしと言われます。ところが本人の見え方は、手術以前よりかなり悪化していますが、それは一切無視されます。

つまり、医師にとっては計測器による結果が全てであって、計測器に現れない個人的な感覚は尋ねられもしません。人間不在もいいとこです。

以前から似たような経験をしているので、ここ10年以上健康診断も受けていません。
痛いとか苦しいとかの症状が出たら受診する。その前にあえて病気探しをするようなことはしたくない。それでダメなら寿命と諦める。それが機械的診断に対する私なりの抵抗です。機械的診断、しかも計測できる項目だけで日常生活を振り回されるなどまっぴらごめんです。

とはいえ、それは、さしたる厄介な病気を持たないからこそいえる贅沢な戯れ言です。
やむなく病院通いをせざるを得ない人に向かって言えることではありません。その意味では、これは御恵み以外の何物でもないと感じています。

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峯山のお月見?

1709畑の栗
       ( 畑の栗 )
今年はじめて金木犀の香りを感じたのは9月22日の晩でした。見上げると花はあまり見えません。翌日改めて見直すと花はもうすっかり咲いていました。ラベンダーと同じで、花の咲く直前に一番香りが立つようです。

夜になると虫の音が一段と高まっています。もっともこちらは最近耳鳴りがするようになったのでやや紛らわしいですが。そして、この時期になると空気も冷えてきて月も冴えてくるのでお月見の適期となります。

月を賞でるのは日本人特有の習慣だという人もいますが、そんな事もなさそうです。西洋音楽には月をテーマにした名曲が沢山あるし、中国の詩歌にも月を主題によく詠まれています。また、月光には過去の追憶を促す力もあるそうです。

私が月を意識したのは幼稚園児のころでした。酔っぱらった父の操る自転車の荷台に乗せられて、夜の山道を走っていた時に急に視界がひらけ、一面の銀世界が目に飛び込んできました。それは、山の斜面の草原に月の光がいっぱいに注いでいたせいです。

後年、李白の詩「静夜思」に接した時、これだ!これだ!その表現力に感じ入ったものです。  牀前看月光  疑是地上霜  擧頭望山月  低頭思故郷

その後同じような光景は殆ど見ていません。どうも人口的な光があるところでは現れないようです。ある種の光害です。幼児体験が尾をひいているのかお月見はよくします。
会社の山岳部主催の丹沢お月見ハイクに参加したこともあります。バカ尾根を塔ノ岳目指してひたすら登るのですが、昼間と違いずいぶん楽な登山でした。
仲間と一緒に十三夜を愛でるために箱根仙石原のススキ原を歩いたこともあります。

自宅でのお月見では、ススキやリンドウを飾り、団子と栗を供えて杯を傾けます。
近所のお年寄り招いて毎年楽しんだものです。
当初は、わが居室善作庵から月が望めたのですが、月が出る方向にあるニセアカシアが段々と高くなり、仕方なしにベランダに膳を出すようにしました。
しかし樹勢は一気に加速し、今では月が中空にまで上がらないと見られなくなりました。それで、いつとはなしにお月見の宴とは縁遠くなりました。

木でも竹でも生き物ですから当然成長します。原生林ならばいざ知らず、人間生活と関わりのある場所では、何らかの手入れは欠かせません。今、里山と言われているところではその弊害が問題視されています。

山の中では倒木が道を塞ぎ、放っておけば山全体が竹林になりかねいところもあります。
私の住む地域の里山である峯山でも樹齢200年以上と思われる山桜が群生していますが、ツタに覆われ、周りは篠竹が密生し近づくこともできません。そして下からは猛烈な勢いで竹が進出してきています。

この現状を改善するために「山桜を後世に残そう」とのスローガンのもとに保護活動と周囲の散策路の整備活動を始めました。週一ほどのペースですが着実に成果が上がってきています。

山全体を覆いつくす篠竹や竹を切り拓くと、富士山の絶景ポイントを確保できました。また山頂付近では、遠く荒崎や城ケ島まで見渡せる壮大な海の景色が出現しました。

今年は、この山頂でお月見も出来るのではないかと思い、せっせと竹切りに汗を流しています。ここでならば「疑らくは是れ地上の霜かと」の世界が見られるかもしれません。

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鳴子温泉の湯めぐり

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     (鳴子温泉 東多賀の湯)

3泊4日の短期間ながら湯治に行ってきました。
鳴子温泉は、川渡(かわたび)、東鳴子、鳴子、中山平、鬼首の鳴子五湯からなる鳴子郷を指し、陸羽東線の駅名では、川渡、御殿湯、鳴子、中山平の四駅にわたります。

日本の温泉は、11種の泉質に分かれますが、鳴子にはこのうち9種類の泉質の温泉が湧出しています。これは魅力です。全泉質の制覇を目指しましたが、残念ながら7種類しか入れませんでした。

泉質表示はかなりややこしく、私の泊まった東多賀の湯は、含硫黄ーナトリウム、カルシュウム、硫酸塩・炭酸水素泉といい、旧表記では含土類・重曹ー芒硝硫化水素泉といった具合です。白濁したいい湯でした。

すぐ隣の西多賀の湯は、含硫黄ーナトリウム、炭酸水素塩、硫酸塩泉といい、こちらはきれいな緑色をした湯でやや高温です。

中山平の三之亟湯は純重曹泉、少し離れたしんとろの湯は、含重曹、食塩ー硫黄泉はPH9.3のアルカリ泉で、このタイプは美肌の湯として知られています。

御殿湯(東鳴子)の阿部旅館は重曹硫化水素泉と単純泉の二種類をもっていて、勿論両方に入りました。湯に入るときに、男、女、貸切の何れかの札を掛けてから入ります。一見便利そうですが、二つ目の湯に入ろうとした私の直前に貸切の札を掛けて入った人がいます。中にいるのは爺さん一人と分かっているのに入れません。いい加減に出て来いと悪態をつきながら廊下の腰掛で待っていました。

温泉神社の脇にある共同湯は、古湯、滝乃湯の石碑が示す如く千年以上の歴史を誇ります。中は二つの湯に仕切られていて、源泉が異なっています。手前の大きい方は44度C、奥の湯は40度Cでいずれも滝乃湯という通り、高いところから湯が流れ落ちてきます。
ぬる湯好きの私は、奥の湯に入り背中を滝に打たせながら極楽、極楽と呟いていました。

ところで、いい温泉の条件というのをご存じですか。温泉教授、松田忠徳さんは下記3条件を上げています。
   1)湯の新鮮さ。出来れば湧いているところに湯船を作る。
   2)長湯が出来る温度
   3)寝そべって入れる浴槽
この観点から鳴子温泉を評価すると2)3)にいささか難点があります。

鳴子に限らず、近頃は源泉かけ流しを強調しすぎて湯温がいい加減です。志ん生の落語に出てくる頑固おやじが顔を真っ赤にして湯船でうなっている、そんな状態の湯が多すぎます。那須湯本の鹿の湯や野沢温泉の大湯のように、熱い湯を名物にしているところもありますが、湯船が一つしかないところで熱い湯も困ったものです。冬場などカゼをひきかねません。しかも加水用の栓もないのでは手抜きもいいところです。しっかりした湯守りのいる宿ではこんなことは絶対ありません。

鳴子でいえば、中山平の共同湯、しんとろの湯はしっかりしています。源泉温度が93度Cありますが、200m近い長さの木樋で快適な温度に制御しています。しかも、浴槽からその様子が見えます。鳴子で浸かった中では一番の湯でした。

鳴子は湯治宿が多いのですが、たいてい農家の片手間に経営してようで気になります。
湯が命なので、しっかり湯守りしてもらわないと評判を落としかねません。

それで、今回の湯治の成果はといえば、湯めぐりしすぎたせいで、長湯が疎かになり、少し不満が残ります。それでも帰宅後のテニスを元気にやれたし、山仕事で少し下肢に疲労感があったのですが、それも消えているのでやはり鳴子の湯治効果でしょう。

次回は、入り損ねた川渡と鬼首の湯に浸かり、全泉質の制覇を狙っています。

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